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女将 野竹夏子の歴史【麻の葉柄】

麻の葉柄

「今、麻の葉柄がこんなに流行るなんて…」

たまたま、加賀友禅の伝統を守るために、この「麻の葉柄」をブランドイメージとして、友禅柄の洋服を作成しようとした矢先でしたので、とても驚いています。

「麻の葉柄」はわからなくても、人気アニメ「鬼滅の刃」のキャラクター「禰豆子」の着物の柄と言えばイメージできる方がかなり増えたのではないでしょうか。

それでも、あの柄の意味まで分かっていらっしゃる方は少ないと思います。実はあの柄には、子供の健やかな成長を願う親の心が込められています。

麻の葉は4か月4mになるほど成長が早く、まっすぐにぐんぐん伸びることや、柄自体に魔除け、厄除けの力があるとされたことから、昔は、子どもの産着やおむつなどによく使われたものでした。

実際、私が初めて子どもに着せた産着も麻の葉柄でしたし、さかのぼると自分の使っていた布おむつも麻の葉柄でした。

 

コロナ禍の今だからという事もあり、厄除け、魔除けになることの祈りも込めて、そして何よりも、失われつつある、大切な伝統工芸である加賀友禅が、新しい形で生まれ変わり、再び大きく羽ばたくことを願って、この柄をブランドイメージとして使おうと決めたのです。

そんな折、「麻の葉柄」が急に注目を浴び出し、マスクや小物などが売れ出したようなのですが…

残念ながら、これほどの流行でも、そのもととなった着物にまでは効果が至らないことを実感させられることとなり、より一層何とかしなければという思いを強くしました。

着物の柄は流行しても、着物は売れない。

すでに着物はほとんどの人の日常から縁遠くなってしまっているようです。

このままでは、長きにわたり、先人から受け継がれてきた伝統工芸、加賀友禅の技法や技術が本当に失われてしまうかもしれません。

この、素晴らしい日本のモノづくりの技と心を何とかして守りたい。

これまで、着物や伝統工芸品などの販売を通して、その素晴しさ、貴重さを身に染みてわかっている私だからこそできること、やるべきことがあるのでは?

そう考えて、新たな挑戦を始めることにしました。

それが、加賀友禅の伝統を守る新たな型を生み出し、極める、そして未来に繋ぐことです。

もともと、私は若いころから、何かやると決めたらとことん真剣に取り組み、結果を出すまでやり抜くタイプでした。

そして真剣であれば、人の心を動かせるという事を肌で感じて生きてきました。

30代で、地元に、自分の着たいと思う洋服を売っているお店がないからと自らブティックをオープンした時は、そこを、働く女性、家事に忙しい主婦を輝かせる、特別な場所にしたいと思いました。

そして、非日常的なおしゃれな店内に喫茶コーナーを作り、当時はまだ珍しかった、女性のためサロンというようなブティックにしました。

服を売るというより、お客様を素敵にするお手伝いという気持ちで接客を続け、当時のバブル景気の波にも乗って、倍々ゲームのように売り上げを伸ばしました。

また、地域社会においては、男女共同参画の機運が高まる中、様々な団体で活躍している方々と共に、研修等で学びを深めながら、七尾の活性化のために活動をしました。

しかしながら、「地元を活かしたい」との思いが次第に強くなり、「田舎でも人はやってくる」ということを自ら示そうと、自宅である古民家をリノベーションして宿と食事処を始めると決め、順調だったブティックを思い切って閉めることにしました。

目の前の海にある日本一と言われる定置網や、棚田の田圃、畑などの豊かな里山、里海の恵みと、そこで代々続く150年以上の歴史のある古民家を活かしたお宿「つむぎ庵」をオープンしました。

ナチュラルで体に優しい地元の食材を使った料理を提供することにこだわり、同時に店内では、加賀友禅、輪島塗、九谷焼等の販売も行いました。

能登の自然の中で、七尾の歴史、石川の伝統文化・工芸などに触れて、興味をもって頂きたいとの思いからでした。

そんな中で、たくさんの活かしきれていない資源がたくさんある七尾の中でも、特に、手つかずの自然が残る自分の住む町で、私にしかできない田舎の町おこしをしなければと考えるようになりました。

そして、地元の協力を取り付け、小さな漁師町に、一日3千人の客を集める「北大吞大漁まつり」を開催し、田舎に新風を巻き起こしました。

また、若い頃より習っていた茶道に再び力を入れ始め、総合芸術ともいわれる茶道を極めるにつれ、自然に着物、器 塗などにも興味を持つようなり、石川県が、九谷焼、大樋焼、加賀友禅、輪島塗などの産地で、全国でも珍しい工芸王国であることの価値にも気づきました。

その流れで、ブティックでも着物も扱うようになり、それまで、はっきりした値付けの基準の無かった着物を、洋服と同じように、利益率を一定にして定価を決めて、わかりやすく、買いやすくしたところ、地元でもトップクラスの販売店となりました。

さらに、同じように高級品とされ、気軽に手に取りにくかった輪島塗や、九谷焼などの工芸品も扱い始め、お客様により身近なものとして感じていただけるようにしていきました。

しかし、残念ながら、若い人の文化・工芸への関心が薄れつつあるのを感じ、いつしか、「唯一無二の加賀友禅を守りたい!」と強く思うようになったというわけです。

伝統ある麻の葉柄が、新しい形で脚光を浴びたように、加賀友禅も、何か新しい型を得て、息を吹き返し、未来へと続けられるはず。いや、続けなければならないと思っています。

その新しい型として、加賀友禅の技術、技法を、和服ではなく洋服に取り入れ、より多くの方に身近に感じてもらうために、新ブランド「N.Y-asanoha」をたちあげました。

Nは、野竹の、そして能登の頭文字でもあります。それと友禅のY、麻の葉を合わせてブランド名としました。

女性をきれいに!

人を元気に!

町を元気に!

歴史や伝統文化を次世代に繋ぎたい!

そんなこれまでの野竹夏子の人生のすべての想いを込めて送り出します。

「鬼滅の刃」がなぜこれほどまでに人々の心を動かしたのか?

もしかしたら、日本人の心の深いところで共有している何かが影響しているのではないでしょうか。

一人一人の命は永遠ではないけれど、人から人へとつないでいくことで、永遠に続いていくものを大切に思う心、つまり伝統文化に対する敬意の念が、気づいてはいないけれど、日本人のDNAレベルで受け継がれていて、そこに響いたのかもしれません。

そして、その忘れていた何かを思い出すことが、今の日本を元気にしていくことにつながるのかとも思います。

「N.Y-asanoha」そして「つむぎ庵」が、同じように、日本の心に触れ、日本の良さを思い起こすきっかけになればと願いながら、日本の原風景が残るこの能登の地の温故知新の宿で、皆様のお越しをお待ちしております。